子どもと遊ぼう!夫を愛そう!人生を楽しもう!!保育士・煩煩ママの元気が出るBLOG。


by bonbonmama
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

<   2011年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

いいこってどんなこ?

いいこってどんなこ?

ジーン モデシット / 冨山房

スコア:


ウサギの坊やが母さんウサギに聞く。
「強い子がいい子?」「怒らない子がいい子?」「馬鹿な子は嫌いだよね?」
そのたびに母さんウサギは
「今のまんまでいいのよ。今のぼうやが一番好きよ」と答える。
「いいこってどんなこ?」という絵本は、私がたびたび読み返しては育児のバイブルにしている絵本だ。

以前、私は「自分はありのままの自分を愛してもらった記憶があるから、自分に自信があるんだ」などと、偉そうな事を書いた。
でも本当のところを言うと、ありのままの自分を認めてくれたのは、数少ない友人や仕事の同僚や昔の恋人や今の夫であったりする。

子どもの頃、私は、母の自慢の娘になりたくて、いつも期待に応えたいと頑張る子どもだった。

母親は畑仕事や家事や介護やまだ幼い妹や弟の世話で忙しく、私と過ごす時間はほとんどなかった。
一緒に風呂に入ったり布団に入るのは祖母だったし、日中顔を付きあわせていたのは厳格な曾祖母(祖父の母)だった。
母との貴重な時間は、勉強の時間だけだった。

母は、私にたくさん勉強させ、習い事もいくつもさせ、自由参加の作文コンクールや絵画コンクールに出品させた。
幸か不幸か、私は(自分で言うのもなんだが)何でも器用に出来る子だったので、それなりの成績を残せたときに、母に報告するのがとても嬉しかった。

クラスの女子2名しか選ばれない運動会のリレー選手も、早く走る方法を解析し、何度も練習して勝ち取った。
クラスの学級委員長になると、母が喜ぶと思ったので立候補したこともあった。
学芸会で主役になったら、見に来た母が喜ぶだろうと思って、先生に「オーデションをしてくれ」と訴え出たこともあった。

たえず母の期待に応えようとしていた私であったが、その呪縛から逃れられず、今でも母との関係はあまり良くない。

反対に、妹は子どもの頃から「ありのままの自分」を生きてきた人だ。
度々親に反抗し、不良の仲間になったり、親の反対を押し切って結婚したり、男勝りの仕事に就いたり、果ては海外逃亡しようとしたり、何度も親と衝突していた。
そんな妹の方が、今や母親と大の仲良しだったりする。

妹は、自分の子どもに、能力以上の期待をしない。
その精神は、揺るぎなくて潔い。

以前、甥っ子の通知表を一緒に見る機会があった。
国語や図工の成績の悪さに、めまいを起こしそうになっていた私の母の横で、妹は一言。
「生活態度がたくさん丸ついていて良かったね。K(甥っ子)は理科が好きなんだね。」それだけ。
妹は、普段から「成績なんて良くなくていい。運動会でも学芸会でも目立たなくていい。性格さえ良ければいいじゃん。」と本心で思っているのだ。

一方の私は、煩煩や煩子に実力以上の期待をしがちだ。
「もっと出来るはず」とつい期待してしまう。


この前の日曜日。
煩煩の運動会だった。

私は出発直前に煩煩に渇を入れた。
「いいかい?ゴールのヒモなんか気にせず、最後まで力一杯走るんだよ。
他の子は、最後にスピード遅くなるんだから、そこで踏ん張れば抜かせるよ。」

そういうやいなや、側で聞いていた夫に叱られた。
「何でそんなプレッシャーかけるんだ。自分のペースでやればいいだろ!」と。

煩煩は私の意見より、夫の意見を取り入れたようで(?)、結果はすべて最下位。
徒競走はまだしも、お父さんと参加の運命競技でさえ、二人ニコニコ顔で最下位だった。

一年生は昼で終わりなので、家に帰ってきた。
私も夫も、応援に来ていた私の父も、叔父夫婦も、煩煩を褒め称えた。

「ラジオ体操、一番上手だったな!!」

煩煩は、徒競走や団体競技などには早く見切りをつけ、一週間前からテレビのラジオ体操を録画して練習していたのだ。本人曰く、ラジオ体操と、お遊戯は得意なんだとか。
・・・ラジオ体操や遊技なんて、得点に関係ないのに・・・・。

みんなにラジオ体操を褒められ、満面の笑みの煩煩。

自分の子ども時代を思い出した。
私も、子ども時代、もっと褒められたかったな・・・・。

その時、友人からメールで「今、運動会が終わって白組が勝ったよ!」と報告を受けた。
白組だった煩煩はまたも大喜び。
自分は全然得点に貢献していないのに。

煩煩がしみじみ言った。

「Y君(友達)がリレーで速く走ってくれたおかげだね~。白組のみんなが頑張ってくれたおかげだね~。(´ェ`*)」


まるで七福神の布袋さんのような表情で言われると、私もなんだか嬉しくなった。
煩煩はこれでいいんだ。
ありのままの煩煩がいいこなんだって。


親の期待に応えようと成長してきた私だが。
今、子育てを通して呪縛から解放されようとしている。
子ども達が、私を人間的に成長させてくれているのだ。










★★★BLOGランキング参加中★★★

f0222537_1943332.jpg

←コメントの代わりに、ポチッとお願いします。
(1クリックで自動的に投票されます。)

人気ブログランキングへ
↑携帯からはこちらをポチッとお願いします
[PR]
by bonbonmama | 2011-06-14 10:35 | 日常

図書館

電話をとると、受話器の向こうから中年女性が声を潜めて話す。

「OOさん(私)、いいのが入ってますよ。とっておきなんです。」

なんだ、なんだ?まるで怪しげな薬の取引みたいな場面だが、そうではない。
何故、声を潜めなきゃいけないのか意味不明だが、図書館司書さんからの電話だ。

「乙一さんの新刊と、東野圭吾さんの新刊。あと少しで図書室閉まるんですけど、すぐ来られます?それとも明日までとっておきますか?」

こうしてまた呼びつけられた私は、尻尾を振って図書館に向かうのだ。

なんともX町の図書館は、不思議な場所だ。

図書館司書さんが自戒の念を込めて言っていた。
「この前、クレームが来たんですよ。図書室は静かにしなきゃいけないのに、カウンターが一番うるさいって。」

カウンターの前には、ズラリと漫画棚(スラムダンクやらちびまる子ちゃんといった)が並び、中学生が床座りで占拠している。
そしてカウンターでは、司書さんと近所のおばちゃん方がお喋りに夢中になっている。
カウンター横の新刊コーナーには、本好きが目当ての本を物色し、司書さんに「あれはまだ入っていないか?」「この人の本は貸し出し中か?」と大声で注文する。

よく言えばアットホーム。
悪く言えば施設の私物化。

そんな私も、思いっきり図書室を私物化している。

私は新刊の情報は、新聞の広告や、書評から得ている。
気になる本は、とりあえず図書室にリクエストする。

7~8割は、新刊コーナーに入れてくれるので、私はほとんど本を買わなくなった。

独身時代は一ヶ月に3~4冊は購入していたので、とても節約になっている。
図書室は貧乏人が行くところ、本物が好きな人は購入する。
そんな事を聞いたことがあるが、私は貧乏人だからこれでいいのだ。

そんな私が、最近、一番面白かったと思えた本。
それが、「ユリゴコロ」

ユリゴコロ

沼田 まほかる / 双葉社

スコア:



新聞の広告で、こう紹介していた。
「人の絆が、モノトーンの世界に彩りを取り戻される衝撃の恋愛ミステリー」
この広告文が、一番本の内容を表現していると思う。

物語は、連続殺人の告白をした日記から始まる。
誰が書いた日記なのか?亡くなった自分の母親?ガンで死期が迫った父親?それとも他の誰か?
殺人の日記を軸に物語は進み、進んでいくうちに温かい空気が漂ってくる。

本当に不思議な本だった。
恐ろしい内容なのに、最後は温かい気持ちになって涙が流れた。

作家は50歳を過ぎてからデビューした女性らしい。
「沼田まほかる」というその人は、主婦であり、僧侶でもあり、実業家の顔も持っているという。

私はすっかり沼田まほかるのファンになって、図書館にあった他の二冊も借りてみた。

「九月が永遠に続けば」

九月が永遠に続けば

沼田 まほかる / 新潮社

スコア:



高校生の一人息子が、ある日突然、謎の失踪をすることから始まる。
母親が息子を捜していくうちに、知らなかった息子の一面を知り、もはや息子は自分が守るべき小さな存在ではなく、一人の男として独り立ちしつつあった事に気がつく。

ミステリーの種明かしをしてしまうので、これ以上内容は書けないけれど、物語の終わり方は私には違和感が残った。
それは、やはり私自身が男の子の母親だからかもしれない。

「猫鳴り」

猫鳴り

沼田 まほかる / 双葉社

スコア:



この本は、3つの物語から成り立っている。

一つ目の物語は、やっと授かった子どもを流産してしまった中年夫婦と、そこにやってきた小さな捨て猫の話。
二つ目の物語は、引きこもり、心に闇を抱える少年と巨大な猫の話。この猫は一つ目の物語に登場した捨て猫なのだが。
そして、圧巻だったのが、三つ目の物語。
一つ目の物語に登場した中年夫婦の夫(すでに老人になった)が、老猫の最後を見守る話。
ページをすすめるたびに、物語と、老人と、老猫がブラックホールと呼ぶ「死」に向かっていく。
作者は「死」をブラックホールのように「無」であると表現する。
静寂の中で、ゆっくりとゆっくりと「無」に向かっていく。

丁寧に丁寧に、描く臨終の場面は仏教の教えが影響しているのだろうか?
人間はこの世に産み落とされて、また無へと還っていく。
僧侶でもある作者の仏教観が表現されていて、リアルな人間と猫の末期が荘厳な感じだった。


そのほかにも、海堂尊の本も借りてみた。
NHKでドラマ化されていて、ドラマは観ていないのだが内容を聞いて前から興味があったのだ。

「マドンナ・ヴェルデ」

マドンナ・ヴェルデ

海堂 尊 / 新潮社

スコア:



作者の海堂尊は現役の医者なんだそうだが、同じく現役の医者である帚木 蓬生の作風と似ていると思った。
現役の医者とあって、医療行為や医療社会の裏側をリアルに書いてあるんだけれど、人間描写はやっぱり医者目線で書かれているな~という感じ。
人間のヒューマニズムより、社会の矛盾や問題点に重きを淡々と語っているような。

人間の生と死を、冷めた目線で書いたエンターテイメント。
宗教的な観念からは距離がありそうなのに、どこか仏教の生と死の考え方に近いところがある不思議な話だった。

内容はドラマを観てご存じの方もいるとおもう。

産婦人科の女医である娘が妊娠できない体とわかったとき、娘は母親に「代理母になって欲しい」とお願いするところから始まる話だ。

実際、50歳を過ぎた母親が代理母として妊娠するのだが、いつまでも気持ちが通わない母と娘。
まるで人間ロボットのように、子を宿すためだけにあるような母親。
そのことに違和感を感じない新世代の娘。
(ドラマではどんな風に描かれているかわからないけど)

この本を読んだとき、最近見たあるニュースを思い出した。

アフリカのある貧困国での出来事。
10代の少女30人以上が長い間、一つの施設に監禁されていて、そこで何度も妊娠させられ、産まれた子どもは売春目的や臓器売買目的で売られていたという。
最近発覚した世界ニュースらしい。

女性の子宮は、どんなロボットでもかなわない神秘の宝物。

そこに人間の利権が絡むと、どんどん暴走していくという警鐘。

本のラストも、救いはあるけれども、私は嫌悪感を持った。
やはりこれも、子を持つ母親だからかもしれない。




★★★BLOGランキング参加中★★★

f0222537_1943332.jpg

←コメントの代わりに、ポチッとお願いします。
(1クリックで自動的に投票されます。)

人気ブログランキングへ
↑携帯からはこちらをポチッとお願いします
[PR]
by bonbonmama | 2011-06-08 22:18 | 読書

誇りを持て!

今日の朝、煩煩が思い出したように言った。

煩煩「どうして僕のランドセルは古いタイプなんだよ。O君とかMちゃんが、煩煩君のランドセルは古いって言うんだ。O君もMちゃんも、ボタン一つでランドセルが開くタイプなんだよ。僕もそっちが良かった。」

煩煩のランドセルは、古いタイプなのではなく、家具チェーン店の安物だ。だから、デパートで売っているような高級感もないし、一目で安物とわかってしまう。
それでも、義母ドンが買ってくれた物だし、ランドセルが届いた頃にはあんなにも大喜びの煩煩だったのに・・・。

「ボタン一つで開くからって、何がそんなにいいのさ。お母さんは、自分の手で開け閉めできる方が手が器用になるから良いと思うし、ボタンのスイッチなんて突然壊れることもあるんだし、今のランドセルで十分良いと思うよ。」

煩煩「僕だって、今のランドセルで良いと思ってるよ!でも、ランドセルが古いなんて言われたら悔しいんだ。どうしても悔しくなったら言い返していいんでしょ?そっちのランドセルの方が壊れやすいかもよって。」

ああいえばこう言う。
小学生ともなると、簡単に納得しないから困ったモノだ。

成長して、周りが見えてくると、自分の中で納得できないことや劣等感に感じることが出てくるのだろう。
こんな一つ一つのやりとりが、子どもの価値観や自尊心のポイントになる気がして、受け答えも慎重にしなければいけない。

私の頭の中では、グルグル駆けめぐる。
こんな時、すぐにベストな答えが出てこないのが私のまだまだ未熟なところ。

「あんたさ、ばぁばがどんな気持ちでそのランドセルを買ったと思う?新しいモノや値段が高いモノだけが良い物だと思ってるの?」

煩煩「・・・そりゃ、ばぁばが僕のために、僕が勉強頑張って欲しくて買ったものだから嬉しいけど。
・・・でも、僕が友達にバカにされたらお母さんだって、ばぁばだって悲しいでしょ!だから、お母さんが新しいランドセルを買ってくれたら良いと思うんだよっ!!」


「あんた、まだまだわかってないね。
アンテイークって言葉を知らないね?良い物は使えば使うほど、人間が触れば触るほど、味わいがあって良い物になるんだよ。
昔から使われているタンスとか椅子とかカバンなんて、大事に使えば使うほど値段も上がるんだよ。」


煩煩「そしたら、お下がり使ってる人はもっと良い物使ってるって事?」

「そうだよ~!!そのとおり。
お下がりなんて、凄くいいじゃん。野球のグローブとか、運動靴なんて、新しいモノよりお下がりの方が肌にしっくり馴染んで使いやすいんだよ。」


煩煩「そしたら、僕のランドセルも使えば使うほど、開けたり閉めたりしやすくなって良い感じになるの?」

「そうそう!肩のベルトなんて、今よりずっと体にフィットしてくるんだよ。」

こんなやりとりで、自分のランドセルの価値を改めて見直した煩煩。

・・・所詮、大量生産の安物なので、どこまで使い込んでもアンティークならないが・・・

煩煩「でもさ~そうしたら、友達にバカにされたときはどうするのさ。悔しいじゃん。」

「友達は友達。自分は自分じゃん。
嫌なことを言われて、どれだけ我慢できるかで、人間の強さは決まるんだよ。
あんた達はまだ一年生だから、ちょっとしたことで友達をバカにしたり、バカにされて気にしたりしちゃうけどさ。でも、だんだん強くなれば、そんな事で友達をバカにしたりしなくなるし、自分も気にならなくなってるんだよ。
まっ、お母さんだって、嫌なこと言われて気にすることもあるけどさ。大人だから、言い返したりしないの。それが強いって事なんだよ。」


煩煩「だから、お父さんも、お母さんに嫌なこと言われても我慢してるの?強いから?」

「・・・・・まあね・・・・・。」



★★★BLOGランキング参加中★★★

f0222537_1943332.jpg

←コメントの代わりに、ポチッとお願いします。
(1クリックで自動的に投票されます。)

人気ブログランキングへ
↑携帯からはこちらをポチッとお願いします
[PR]
by bonbonmama | 2011-06-04 12:48 | 日常